ビデオよもや!?話

 

第6回 『アルカトラズからの脱出』

 

 

 好評なのかどうかよく分からない“よもや!?話”ですが、今回は、僕の好きなイーストウッド作品を取り上げます。

 “トンでもない映画のビデオを紹介する”というのが、このコーナーの主旨なのに、ドーしてまた、今回は、こんな名作(でしょう!)を取り上げたのかというと、実はどうしても、これだけは伝えておきたいという、ある事情があるからです。

 実はこの映画、本当にトンでもないんです。イヤイヤ、映画が、というよりも、正確に言うと、ビデオが、っていう風に言った方がイイと思うのですが、ようするに、映画自体は名作なのに、ビデオになった途端、思わず「?」というような状態になってしまっているのです。

 まぁ、映画の内容の方は、もう紹介するのもおこがましいぐらいの面白い内容で、イーストウッドとドン・シーゲル監督の師弟コンビによる、最後の作品です。“岩の要塞”と言われた脱獄不可能なアルカトラズ刑務所から脱走した3人の男の不屈の闘志を描いたサスペンス・フルな内容で、イーストウッドは、脱獄を企てた3人の内のリーダー格で、フランク・モリスという役を演じていました。

 ご存知のようにこの映画は、この難攻不落の刑務所から、唯の一度だけ脱獄があったという実話を元にしていて、言ってみればイーストウッド扮する主人公は、実在の人物。アメリカ映画で脱獄もの・脱走ものというと、『大脱走』や『暴力脱獄』などと、やたら傑作が存在しますが、この映画もその例に漏れず、イーストウッドの押さえた演技と、そしてシーゲルの隅々にまで行き渡った緻密な演出によって、これまた傑作に仕上がっていました。

 で、今回取り上げた、トンでもない事なのですが、それは映画が始まって約40分ぐらいした時に、突然始まります。画面を見ていて、ドーもおかしいのです。どういう訳か、それまでのシーンと、それ以後のシーンとでは、ある部分が全くもって違っているのに気が付いたんです。

 それは何かというと、左右が全くの逆になっているんです! それまでのシーンでは、主人公のイーストウッド扮するモリスの牢屋と、相棒のバッツの牢屋の位置は、左側がモリスで、右側がバッツになっていました。ところがそれ以後、二つの牢屋を正面から捉えたショットが何度も登場するのですが、何度見ても、右側がモリスで左側がバッツになっている。刑務所の牢屋なんだから、そうコロコロと入れ替わるって事もないでしょうし、それにもしあったとしても、それを示唆するシーンがあってもおかしくはないのに、それもナシという訳で、おかしいナーと思いながら観続けていました。

 大体、刑務所からの脱獄を描いた映画なんだから、牢屋の位置というのは、需要な要素になってくる筈。そんな重要な事をドン・シーゲルが蔑ろにしているとは到底思えないし、第一、僕がこの映画を劇場で観た時は全く気が付かなかった事だから、余計おかしいと思いました。

 で、それに気付いてからというもの、囚人達の着ている服だとか、回りにある物なんかに注意を凝らして画面を見ていると、何となく、分かったような気がしてきました。例えば、囚人服はみんな、ボタンを右前にして着ていたり(アメリカ、というか、男の人の服って、ボタンは大体左前ですよネ)、イーストウッドが読んでいる本の表紙が右開きになっていたり(日本の縦書きの本は右開きですが、アメリカの場合はみんな横書きなんだから、全て左開きの筈)するのを発見するに及んで、これらのシーンは全てフィルムが左右逆になっている(!)という事が判明したのです。

 そんなバカな !? と思いながら、それからのシーンも注意深く見てみると、例えば、イーストウッドのスプーンを持つ手が左手だったり、一番決定的だったのは、イーストウッドの顔がアップになった時、いつもは口の右上にあるトレードマーク(?)のホクロ(でしょうか?)の位置が、何と正反対の左上側にあるのを見付けた時で、それでもう完全に確信してしまいました。

 フィルムの左右が逆ってそんな事が本当にあるのかというと、ウーン、色々資料を調べた結果、アメリカのビデオでは、僅かながら発生しているようです。ようするに、“フィルムの裏焼き”という、映画をビデオ化する際のミスで、映画のフィルムをビデオに転換するには、通常テレシネ(小さな映写機とスクリーン、そしてビデオ・カメラなどが一体化したもの)という機械を使いますが、その時にテレシネに掛けられたフィルムが、左右逆に掛けられると、こういう現象が起こる訳です。

 この映画で、フィルムが左右逆になっているのは、約20分間で、1時間を経過した辺りから、唐突に元に戻ります。しかもそのシーン、ちょうどイーストウッドたちが廊下を歩くシーンになっていて、フィルムの左右が入れ替わった瞬間、歩いている位置も左右逆になってしまうので、変化点が直ぐに分かります。急に入れ替わるので、何か、フィルムのマジックを見ているようでした。

 20分間というと、映画上映の際の、ちょうどリール1本分。つまり、他のリールはちゃんとテレシネに掛けられたのに、40分から60分までのリール(ちょうど三巻目ですネ)だけは、テレシネ作業者のミスで、左右逆になってしまったと、多分そういう事なんじゃないかと思います。

 ウーン、でもこれって、ビデオになった時点で分かりそうなもの(実際、僕は気が付いた)なのに、ナンで誰も気が付かずにビデオ化され、その日本版がこうしてリリースされているのか、ハッキリ言ってよく分かりません。アメリカではパラマウント・ビデオ、日本ではCICビクターからビデオ(LDも)がリリースされていますが、まぁ、日本版は、アメリカから送られてきたマスター・テープに、そのまま字幕を付けただけなので、日本版だけを替えるっていう事は出来なかったようですが、でも、気が付いていれば、アメリカ側にに言って、もう一度テレシネかけ直して貰うとか、マスター・テープ不良だからといって、それを送り返すとか、そういう措置も出来た訳で、それが全く行われずに、完成品として、我々ユーザーの手にまで渡ってしまっているというのは、どうも納得がいきません。CICビクターの担当者は、出来上がった自分とこのビデオを、ちゃんと確認していないんでしょうか。ま、多分していないんでしょう、そんな事。取り敢えず、マスターがあるからリリースするという安易な形でビデオ化されているんじゃないかと思いますが、天下のCICビクターが、そんな態度ではいけませんヨ、ホントに。

 因みに、劇場公開の際は、こういう事が起こらないのかというと、そんな事はありません。映写の担当技士さんが、映写機にフィルムを左右逆にセットすると、起こらない事はありませんが、その時はサウンドトラック側(音が出る部分)も逆になってしまうので、音声が出ないという現象が起こり、その時点で発見される事になります。ビデオの場合は、画面と音とは、別に収録するので、そういう現象が起こっても気が付かなかった訳ですが、それにしても、トホホですネ。

 せっかくのイーストウッド作品も、そういう映画に対する愛情の欠けた連中のせいで、後味の悪いモノ(といっても、傑作に違いはありませんが)になってしまったのは、ハッキリ言って許せん! たった20分だけなんだから、イイじゃないかと思われる方もいらっしゃるかと思いますが、コッチはちゃんとお金払って買っているんだから、これはいわば不良品だ。普通なら返品・交換があってもおかしくない訳で、こんな不埒な状態で数々の名作がビデオ化されていると思うと、凄く不安になります。

 勿論、こういう例はほんの希で、僕が知っている限りでは、日本ではビデオ化されていない、あの『ノストラダムスの大予言』のアメリカ版LD、あれの後半部分がずーっと最後まで裏焼きになっていた(日本人がみんな、箸を左手に持ってご飯を食べていたり、看板等の字も、全て左右逆になっている珍場面が続出している訳ですが、アメリカ人には分からなかったのかも!?)のを知っているぐらいで、本当に数少ない一例だとは思うのですが、しかし、よりによってイーストウッド映画とは……。そういえばその『ノストラダムスの大予言』も、パラマウント・ビデオだっけ。あそこのビデオは要注意だな……。

 僕が確認したのは、初期にリリースされたLD(パイオニア版)で、その後、テープでは、ライブラリー・シリーズとして廉価版がリリースされていましたが、それがそのまま裏焼きになっているものなのか、それともニュー・マスターでちゃんと訂正されたものなのか、よく分からず、自分自身での確認はしていないのですが、もし確認して知っている人がいれば、教えて頂きたいです。

 いずれこの作品もDVD化されるとは思いますが、その時は絶対にこういう事のないように、して欲しいと思いますが、今までこういう事情を全く知らずにビデオで観ていて、「?」と思っていた人、そのお陰でこの映画はつまらないと思われているかと思うと、何ともやり切れない気持ちになりますネ。そういう人たちの為にも、是非、早々に完璧な形でDVDをリリースして貰って、みんなでこの名作をもう一度、味わって頂きたいと、そう思う所存であります。

 っていうか、今まで持っていたビデオやLD、不良品なんだから、DVDが出たらそれと交換しろ! と思っているのは、僕だけではないでしょう。イーストウッド様の名作に傷を付けた罪は重いゾー!           

 

                                                                                                    

                     

                    

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